福島県は17日夜、福島第1原発の事故で避難指示が出た双葉病院(福島県大熊町)で高齢者らが避難する際、医師や病院関係者らがいなかったと同日発表したことについて、自衛隊の救出時には院長がいたと訂正した。
県によると、同病院は原発から10キロ圏内にあり、自衛隊が14日から15日にかけ3回に分けて高齢者を救出。院長は1回目の救出時に立ち会っていたという。
院長は県に対し、救援を求めるため病院の外に出たが、原発で事故が相次ぎ、戻るのを断念したと説明。他の病院スタッフも途中からいなくなったという。(2011/03/18-01:18)
このような状況の中、最初の報道をそのまま受けて双葉病院の職員が逃げたかのように思ったままの人も少なくないと思われるので、簡潔にまとめておきたい。
双葉病院で起こったことのタイムライン
以上、報道ならびに関係者のツイートに基づくまとめにすぎないことはご了承いただきたい。(@supergirl5jrhさんの追加ツイートに基づき15:50追加・修正あり)
- 2011年3月11日14時46分:大地震発生。
- 福島県大熊町・双葉町にある福島第一原発が緊急停止。
- 福島県大熊町の双葉病院と介護老人保健施設ドーヴィル双葉で患者・職員が孤立。福島第一原発から約3キロ離れている。
- 3月12日5時44分:福島第一原発の避難指示の区域を、これまでの半径10キロメートルに拡大。双葉病院・ドーヴィル双葉が避難区域に含まれることとなった。
- 午前:大熊町役場まで双葉病院スタッフが患者を搬送したが10分後には双葉病院に戻された(理由は不明)。
- 昼休み:外出した双葉病院スタッフが、防護服を着た誘導者に対して「なぜ双葉病院は誘導しないのか」ときいたところ、「いやもう誘導したはずです」と回答。そこで初めて双葉病院の患者が避難していないことが判明した。そこで急遽バスが派遣されることとなった。
- 14時すぎ:大熊町役場が福島交通の大型バス5台を派遣したが、患者・搬送者・護送者を乗せることができなかった。また、救援に来たバスは普通の大型バスであったため、車いすや寝たきりの患者は搬送できなかった。
- 15時36分:福島第一原発第1号機で水素爆発。残された人たちは被爆した。
- 3月14日昼前:自衛隊が同病院への救助に到着。患者・施設入所者130人を救出。その他、自力で脱出した人もいた。患者98人と院長ら職員4名、警察官が残り、自衛隊が再び救援に来るのを待つ。
- 二度目に自衛隊が来るという時間になっても来なかった。
- 3月15日午前1時ごろ:一緒に残っていた警察官から避難するよう求められ、院長ら職員4人は患者を置いて、警察官とともに隣の川内村に避難した。そこで合流した自衛隊と共に病院に向かおうとしたが、避難指示の対象地域のため、自衛隊だけで向かうことになった。院長は「日付が変わり、警察官から避難を求められた。どうすることもできなかった」と述べている。
- 午前7時:中野寛成国家公安委員長は15日の閣議後会見で、午前7時現在「(退避指示が出されている)20キロ圏内では、15日午前7時現在で、病院にいる96人を除いてほとんど完了している」と述べた。 防衛省によると、陸上自衛隊が陸路で96人をいわき市の避難所に移送する予定。(人数が食い違っているが報道ママ)
- 午前から午後:自衛隊が残された患者を搬送(第2回・第3回)。この際「病院関係者の付き添いはなかった」と福島県が発表し、「患者を見捨てて置き去りにして逃げた」という趣旨の報道が流れる原因となる(各報道機関横並びで福島県発表のみを報道)。搬送中・搬送後に計21人の患者が亡くなった。
- 3月17日:双葉病院主任が父だという@supergirl5jrhさんがツイッターで報道に反論するツイートを開始。夜、福島県が「避難時に院長いた」と訂正発表。
- 3月18日:院長への取材内容が報道され始める。
以上の流れをもう少し簡単にまとめると、「自衛隊が来るが、寝たきりや車いすの患者が搬送できず、一旦戻る」→「2度目の救援が来ない」→「一緒に残っていた警察の指示で職員が川内村に避難」→「自衛隊と一緒に病院に戻ろうとする」→「避難地域なので一緒に行けない」→「自衛隊だけが救援に」→「2・3回目の搬送の際、病院関係者は誰も現場に居なかった」→「職員が患者置き去りで逃げたと報道」という流れになる。
これでは「職員が患者を見捨てて逃げた」とは絶対に言えない(警察の指示でやむなく避難させられたのであって、再び)。こんな報道をされたら、一生懸命がんばっていた職員に対する名誉毀損にしかならないと思う。
このような報道被害が繰り返されないよう強く願う。
3/19追記
まず注記。「双葉町の双葉厚生病院」と、今回の舞台である「大熊町の双葉病院」は別の病院である。
次いで本題。以下のような情報がツイッターで寄せられている。
都内某病院から双葉病院の患者を一部受け入れた旨の連絡を受けました。処方箋も届いていることは確認しましたので、放棄して逃げたという情報は疑問があります。亡くなった方が出たので、感情的な意見が流れたのでしょう。
双葉病院の誤報。実際福島からのうちに転院してき患者さんは「突然自衛隊が来て職員と引き離された」「なんの説明もなく連れてこられた」という人がいる。混乱の最中誰にも悪意はない。誤報以外は患者さんが「突然自衛隊が来て職員と引き離された」「なんの説明もなく連れてこられた」と証言しているのは、病院職員が「見捨てて逃げた」という報道のニュアンスとはまるでかけ離れていることがわかる。
今回の件は現地の混乱の中で起こった悲しい行き違いであると思うが、そこで双葉病院の職員をスケープゴートにして怒りをぶつける形になっている報道姿勢には強く異議を唱えたい。NHKの報道でも、福島県側の主張のみに偏り、院長には電話で話を聞いてその一部だけを強調する内容であったと考える。
現在の困難な状況の中で、事実とかけ離れた内容によってスケープゴートを生み出すような報道は謹んでほしいと心から思う。そして、真実が明らかになり、名誉回復が行なわれることを強く希望する。
3/20追記
搬送中と搬送後合わせて21人の患者さんが亡くなったのは非常に悲しいことである。しかし、それを双葉病院の医師たちが最終段階で患者から離れていたからという理由付けをして双葉病院関係者を叩くのは絶対に間違っている。
というのも、11日の地震発生後、翌12日に大熊町役場からの大型バス派遣があり、地震発生からまる3日経った14日に自衛隊の最初の救援があった。この時点まで病院関係者4人はその場にいたが、精神的な障害を抱えた患者を多数含む約100人の患者をまる3日間、少ない人数の職員が必死で支えてきたのである。設備や物資も万全ではない中、そこから搬送される途中や搬送後に亡くなる患者さんが出たのは、もはや誰にもどうしようのないことだったはずだ。特に食料や、輸液等の不足があったのではないかとも推測できる。実際、他の避難所でも、避難後に亡くなっている方は少なくない。
繰り返す。精神的障碍者を含む約100人の患者を、まる3日以上、数少ない職員と乏しい物資という極めて厳しい環境の中で支えてきた。1度目の自衛隊救援後、二度目がなかなかこない中でいったんは警察官の指示で避難したが、また自衛隊と一緒に現場に戻ろうとしてそれを阻まれた。双葉病院のスタッフは最善を尽くしてなおあまりある行動を取っている。それを「患者を放置して逃げた、許せない」と非難するのは、人間として間違っていると私は強く思う。
双葉病院院長は取材に答えて、患者を残して避難したのは事実、と述べているが、それは医療関係者としての誠実さから、自省的に述べたものであると判断する。医療従事者として最後まで付き添えなかった無念さを述べているのである。そのように語ること自体、医療従事者としての誠意であると信じる。したがって、その言葉尻を捉えて「やっぱり逃げたんじゃないか」と責めるようなことは、人として決して行なうべきではない非人道的発言であると固く信ずるものである。