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映画『ハプニング』/《超次元》〜《第6400次元》シリーズ3


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《超次元》から《第400次元》まであるBクラス映画『ハプニング』

上の画像は、屋上から次々と人々が飛び降り自殺する印象的なシーン


《超次元》〜《第6400次元》♯3.jpg

彦坂尚嘉 《超次元》〜《第6400次元》シリーズ3



作品というものは、他者に向かって作らなければいけないという原則があります。問題なのはその他者というのは誰なのか? という事なのです。

普通の日本人は、抽象美術が嫌いで見てくれないものです。それは草間弥生さんの作品ですらがそうで、美術史的な代表作の草間弥生『ネット・シリーズ』は、オークションなどでも不評です。

そういう事を知っていても彦坂尚嘉は、何故に、不評であろう作品を作るのか? 

それは、非常に簡単なビット作品で、《超次元》から《第6400次元》まで出て,しかも《芸術》と《デザイン》の概念梯子全てを2重に表示する作品を証明的に制作しなければならないからです。しかしそれは誰が見るのか? 誰が喜ぶのか?

分かっている事は、ある種の実験作品であって、それはまず本人自身の探求の問題なのです。そういう意味では学問なのです。先ほど「簡単なビット作品」書きましたが、簡単ではありますが2つの要素で成立する作品であって、それはミニマリズムではないのです。私自身はこういうことを重要な事と考えて、いままでもそういう主張を、ポストミニマルの問題として繰り返し主張してきていますが、理解してくれる人はほとんどいません。原理的な変更を問題にする私の思考は、日本的な風土では相手にされないのです。

というわけで、この《超次元》〜《第6400次元》シリーズ3は、彦坂尚嘉にとっては重要な作品を、再び、より厳密に展開しているものであって、観客に無視されても良いと考えます。


最近は忙しすぎて、ビデオを借りでも見ないで返すことが続いています。それでもまた借りてくるという愚かさですが、もともと映画少年であった性(さが)でありましょうか。ビデオを見ても、ブログで紹介するということもなかなか出来ないのですが、今回は、見終わってもいない、しかもBクラスムービーをご紹介します。昨晩少しだけ見たものです。なぜに借りたのか? ジャケット借りなのですが、400次元まであったからです。

現在のレンタルビデオ屋さんの中で、《第8次元 信仰領域》の映画が一番多くあって、これらの映画は社会通念の内側で作られているものです。たとえば『ハリー・ポッター』シリーズです。私はこれらをつまらないと思います。社会通念は、社会を形成する意味で重要ですが、同時に退屈で、凡庸で、そして創造的ではなくて保守的なのです。

今日のおもしろい映画は、このブログでも何本か紹介していますが《第200次元》まであります。《超次元》〜《第200次元》まであるものは、おもしろいと言えます。

さらに《超次元》〜《第6400次元》まである映画があって、これらは歴史的にも名画です。ところがこの《超次元》から《第6400次元》まである映画は、必ずしも多くの人々の娯楽にはなりません。このことは美術作品にも当てはまりますが、《超次元》〜《第6400次元》まである作品は、多くの人々の興味を引きません。なぜなのか?

人類史の中で、実は、原始時代の初期、つまり人類の文明史の始源の段階で《超次元》は出現します。それは石器の初期段階に見られるのです。さらに《超次元》〜《第6400次元》までの美術作品が長期にわたって出現します。これは美術書『10000years of ART』というのがあって、1万年間の人間の美術作品を1冊に年号順に並べたものです。これを見ると、最初の段階、時間的には長時間ですが、ここの《超次元》〜《第6400次元》まである美術作品が作られている事が分かります。その後に《第6次元 自然領域》だけの作品が作られるのです。さらに《第1次元 社会的理性領域》 の作品が出現します。この辺のことを詳しくはFC2のeラーニングの中でレクチャーしようと思います。

話を戻すと、つまり名作とか名品というのは、始原の構造である《超次元》〜《第6400次元》のものなのですが、それがコピーされて消費されやすいキッチュ(まがいもの)になると《第6次元 自然領域》の作品や、さらに《第1次元 社会的理性領域》 の単層作品になるのです。これらの単層作品は、消費されやすいと同時に、洗練されているのです。そして多くの人々は、こういう単層作品しか理解したくないのです。それは多くの人々の人格が、単層化されている単細胞人間だからです。ですから芸術鑑賞というのは、人格と深く関わっているのです。名品を鑑賞するという事は、人格を単細胞の状態から、重層的な人格に成長させて行く修行のシステムなのです。

さてそれで、400次元の映画です。これは《第6400次元》まであるのではないので、名品ではありませんが、現在の商業主義の映画の中では、極めて珍しいものでおもしろいのです。娯楽映画として、今日の文明の不安を良く描いていると思います。、

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